よお、待たせたな!
一番前の席、空いてるぞ。遠慮すんな。
今日は「密度行列(Density Matrix)」だ。
名前がいかついよな。「密度」ってなんだよ、お前らはギュウギュウの満員電車か?って話だ。でもな、これを知らないと量子力学の「本当の姿」は見えてこない。学部3、4年、あるいは院試でいきなり出てきて、ブラケット記法( とか とかのアレだ)で溺れ死ぬ学生が山ほどいる。
俺はお前らを溺れさせない。むしろ、この荒波をサーフィンさせてやる。
今日の講義は長いぞ。原稿用紙にして10枚分くらいの熱量で喋る。途中で俺の昔話も挟むが、それも全部「授業」だ。聞き逃すなよ。
いいか、量子力学の教科書の最初の方に載ってる「状態ベクトル 」だけで世の中が回ってると思ったら大間違いだ。あれは「純粋すぎる」んだよ。お前らの高校時代の恋愛みたいなもんだ。現実はもっとドロドロしてて、混ざり合ってる。
その「大人の量子力学」への入り口、密度行列。
いくぞ!
第一章:なぜ「ベクトル」だけじゃダメなのか?(純粋状態と混合状態)
まず復習だ。量子力学では、系の状態をケットベクトル で表すって習ったよな。
例えば、スピン上向きの状態 と、下向きの状態 がある。
これらを重ね合わせた状態、
これも立派な一つの「状態」だ。これを純粋状態(Pure State)って呼ぶ。
「上向き」と「下向き」が、ある確定した位相関係(ここではプラス)で重なり合ってる。これは「情報が完全にわかっている」状態だ。
だがな、現実世界はどうだ?
俺が昨日、駅前の牛丼屋に行った時の話だ。
「特盛つゆだく」を頼んだんだが、出てきた丼を見て俺はフリーズした。
紅生姜が乗ってるか、乗っていないか、湯気でメガネが曇って見えなかったんだよ。
店員が乗せたかもしれないし、乗せ忘れたかもしれない。
確率的には半々()だとしよう。
この時、俺の目の前の牛丼の状態はどう記述する?
重ね合わせか?
バカヤロウ! 違うぞ!
これは「観測するまで紅生姜があるかないか決まっていない」という量子的な重ね合わせじゃない。
「すでにどっちかには決まってるが、俺が無知だからどっちかわからない」という、ただの確率的な混合だ。
これを混合状態(Mixed State)という。
- 純粋状態:量子力学的な「重ね合わせ」。干渉効果が起きる。
- 混合状態:単なる「確率的な混ざり」。俺たちの知識不足。
今までの という書き方は、純粋状態しか扱えない。
「50%の確率で状態 A、50%の確率で状態 B にある」という状況を、一つのベクトルで書くことは不可能なんだ。
そこで登場するのが密度行列 (ロー) だ。
こいつは、純粋な愛も、不純な動機も、全部飲み込んで記述できる最強のツールだ。
第二章:密度行列の定義と「外積」のイメージ
ビビるなよ。定義は簡単だ。
ある系が、確率 で 状態 にあるとする。
(当然、確率は全部足したら1だ。 )
この時の密度行列(密度演算子) はこう定義される。
ここでお前らがつまづくポイントがある。
「先生、 ってなんですか?」
これは内積( 数値)じゃない。外積だ。
ベクトルとベクトルを掛け合わせて、行列(演算子)を作る操作だ。
イメージしろ。
は縦ベクトルだ。 は横ベクトルだ。
ほら、行列になっただろ? これが射影演算子ってやつだ。
つまり密度行列 は、
「ありえる状態 に対応するプロジェクター(射影機)を、その出現確率 で重みづけして足し合わせたもの」
だ。
これさえあれば、「純粋状態」も「混合状態」も区別なく扱える。
- もし確率100%である状態 にあるなら(純粋状態):
- もし半々の確率で か なら(混合状態):
この見た目の違い、しっかり脳に刻み込め。これが全ての出発点だ。
第三章:物理量(期待値)をどう計算するか? ~魔法のTrace~
物理やってて計算できなきゃ、ただの詩人だ。俺たちは詩人じゃない、受験生であり、研究者の卵だ。
(まあ、たまに俺の講義はポエムだって言われるけどな、うるせえよ)
状態ベクトル の時、ある物理量 の期待値 はこう書いた。
サンドイッチだよな。
じゃあ、密度行列 を使ったらどうなるか?
ここで、線形代数の必殺技「トレース(Trace:対角和)」が登場する。
結論から言うぞ。これを覚えろ。これを覚えて帰れば今日は勝ちだ。
「ロー・エーのトレース」だ。リズムで覚えろ。
なぜこうなるか? 簡単な証明をしてやるから、鉛筆持て。
だ。
期待値っていうのは、「各状態 での期待値 」を、確率 で平均したものだよな?
ここで、行列のトレースの性質 (サイクリックに回せる)を使うテクニックがあるが、もっと直感的に行こう。
基底を としてトレースを書き下す。
ここで、 は数値(スカラー)だから、後ろに移動できる。
完全性関係 が真ん中に見えるか?
ほら! 元の定義に戻った!
つまり、 だけで、どんな複雑な混ざりものの状態でも期待値が一発で出るんだ。
便利すぎて涙が出るだろ?
第四章:純粋か混合かを見分ける「判別式」
試験でよく出るぞ。「この密度行列は純粋状態か、混合状態か答えよ」。
俺の彼女が「私への愛は純粋か?」って聞いてくるのと同じくらい頻出だ。
(ちなみに俺は「エントロピーが増大する程度には熱い」と答えてフラれたことがある)
見分け方は2つある。
1. かどうか
- 純粋状態なら、 だから、
つまり、2乗しても変わらない(射影演算子の性質)。
- 混合状態なら、 になる。
2. の値を見る
- 純粋状態:
- 混合状態:
(確率 が分散してるから、2乗して足すと1より小さくなるんだ。 だろ?)
計算して が 1 なら「おめでとう、ピュアだ」。1未満なら「残念、混ざってるな」と答えればいい。
第五章:実践計算 ~スピン 1/2 系で勝負~
ここからが本番だ。具体的な行列計算をするぞ。
これを自分の手で計算できたら、密度行列は「わかった」と言っていい。
基底を とする。
ケースA:純粋状態(重ね合わせ)
状態:
(これは 方向のスピン上向き状態だ)
密度行列 を作るぞ。
注目すべきは、非対角成分(1/2)だ。
この非対角成分が「干渉(コヒーレンス)」を表している。これがあるから量子力学なんだ。
ケースB:混合状態(ただの半々の確率)
状態:確率 50% で 、確率 50% で 。
(さっきの紅生姜牛丼と同じ状況だ)
密度行列 は定義通り足し算だ。
見ろ! 非対角成分がゼロだ!
対角成分(存在する確率)はケースAと同じなのに、非対角成分が消え失せた。
これが「情報が失われた」「干渉しなくなった」という状態だ。
物理量の計算比較
この2つの違いを、物理量(パウリ行列 )の観測で炙り出すぞ。
だ。
1. 純粋状態の場合
行列の掛け算をすると...
(対角成分を足す)
当然だ。方向のスピンだから、 の値は確実に になる。
2. 混合状態の場合
対角成分は 0 と 0 だ。
結果が違うだろ!?
(上下)を測ればどっちも確率は半々で同じ結果になるが、(左右)を測ると、純粋状態は「右!」と答えるのに、混合状態は「右か左か全然わからん」と答える。
これが密度行列計算の本質だ。
非対角項(コヒーレンス)が生きているか死んでいるかで、物理的な予言が変わるんだ。
第六章:時間発展 ~シュレーディンガー方程式の進化形~
最後に、こいつが時間とともにどう動くか話しておこう。
状態ベクトル はシュレーディンガー方程式 に従う。
じゃあ、 は?
微分してみよう。
シュレーディンガー方程式を代入してガチャガチャ計算すると、こうなる。
ここで (交換子)だ。
これをリウヴィル・フォン・ノイマン方程式と呼ぶ。カッコいいだろ?
古典力学をやったことがある奴はピンとくるかもしれない。「ポアソンの括弧式」にそっくりだ。
そう、物理学は美しい。古典と量子は数式の上でこうやって握手してるんだ。
統計力学で平衡状態を考えるときは、時間変化しない()から、
つまり、ハミルトニアンと密度行列が交換(可換)する状態を探すことになる。
そこからカノニカル分布 なんかが出てくるわけだ。
全部つながってるんだよ。
最終章:まとめと、俺からのメッセージ
よし、長旅だったな。お疲れさん。
今日のポイントを3行でまとめるぞ。ノートの隅に赤ペンで書け。
- 密度行列 は、量子の重ね合わせと確率的な無知を両方扱える最強ツール。
- 期待値計算は だけでOK。サンドイッチはもう古い。
- 非対角成分(コヒーレンス)こそが量子の魂。これが消えるとただの確率論(古典)になる。
お前らがこれから研究室に入って、開放量子系とか量子情報とか量子コンピュータとかやることになったら、この密度行列は空気と同じくらい当たり前に使うことになる。
「状態ベクトルが書けない!」って泣くんじゃない。「密度行列を書けばいいじゃん」って涼しい顔をして言え。
俺が牛丼屋で紅生姜が見えなくても動じずに美味しく食べられるのは、それが「混合状態」だと理解しているからだ(いや、単にお腹空いてるだけだが)。
わからなくなったら、この原稿をボロボロになるまで読め。
そして手を動かせ。計算用紙が黒くなるまで行列を掛け算しろ。
そうすりゃ、密度行列の方からお前に「対角化してくれ」って擦り寄ってくるようになる。
じゃあ、今日はここまで!
復習しっかりやれよ! 解散!